自己愛の過剰摂取

メンヘラオタクが暇つぶしに何か書きます 

夢の夜

自分はあの時どうしてこんなに愚かだったのだろう。自分はあの時どうしてこんなに身勝手だったのだろう。自分の弱さを他者に押し付けて肯定してもらって安心して、他者を傷つけて自分の価値を見出して、どうしてあんなに愚かだったんだろうと不思議に思う。

 

何が悪かったんだろう。そもそも生まれてきてしまったのが間違いだったのか。人と関わるのが間違いだったのか。こんなになってしまったのは本当に自分のせいなのか。

 

何もわからないまま、もう29歳になってしまった。

 

いまだに死なず、現実逃避だけは上手くなりただ時が流れている。なぜ生きているか、なぜあんなに苦しい思いをしていたのか、なぜあんなに愚かで醜かったのか、そんなことすら忘れてしまうほど、時がたってしまった。

 

大人になるということは、諦めて忘れることのように思う。自分の苦しみから、世界の理不尽さから、目を背けて何事もなく生きていけるのが大人のように思う。自分もだんだんと、世界に対して諦めを抱き、醜い感情から目を背けて世界に馴染めるようになってきた。多くのものを傷つけ、多くのものを失い、球体になっていく。

 

もう何もかも取り返しがつかない。もう何もかも元に戻ることがない。そうやって傷つけてきたものの先が、これらしい。だからといって、今更刹那的に生きることはできない。自分は歳を取りすぎてしまったし、世界は意外にも人間が生きていくために作られていることを知ってしまったし、もう親のことを恨むほどの感情も残っていない。

 

今日も生きていてごめんなさい。今目の前に現れて、ぼくを殺してくれたらどんなに楽だろう。こうやって他者に救いを求めることが弱さだ。いまだに成長することができない。ただ感情がすり減って、世界に押し潰されているだけだ。

 

みんななんだかんだ世界に適応して生きている。世界に反抗し続けることは、思った以上に難しかった。あの時の苦しみも、あの時の愛おしさも、全部本物だったはずなのに、現実には誰も必要ないみたいだ。

 

また感情をインターネットに記す。睡眠薬を追加して、脳を止めて、また起きたら現実が始まるんだ。忘れてしまってごめんなさい。夢だった幼き愚かな日々よ。あの時の苦しみは本当だったことを、ずっと忘れたくない。

 

大好きでした。一生許さないでいてください。