自己愛の過剰摂取

メンヘラオタクが暇つぶしに何か書きます

おしまい

何もかもどうでもよかった。そもそも人生に何の意味もなくて、親の中出しの快感によって産業廃棄物が生まれた。みんな自分の人生が無意味なことくらいとっくに気付いているのに、遺伝子に組み込まれた死への恐怖が、それを考えないようにさせてる。すべては始まりが悪くて、しいていうなら神?とか言うものが悪いんだと思う。けど神なんているのかな。私はそんなもの信じられなくて、すべては運命で決まっているんだと思う。運命はあいまいだから、何もかも意味がないと気付いてしまうのは怖いから、人の形に模した神なんて作ったんだと思う。すべては無意味。それを気付いてなお正常に生きている私はイレギュラーなのかもしれない。

 

今日も日々は正常だ。友達が目の前で笑っている。楽しいことがあったらしい。好きな先輩と話せたとかそういう話。私はそういうくだらない話が好き。私の身の回りでは起きないから。他者に全然興味がなくって、そのせいで私の身の回りではいわゆる浮いた話っていうのがない。全部無意味だって気付いてしまったから。何もかもどうでもよい。

 

学校には今日も人間がわらわらと生存している。なんかいっぱいいるね。肉塊がわらわらと動いている様は本当にグロテスクなんだけど、みんなそんなこと思ってないような顔している。人間ってグロテスクだと思う。肉塊なのに、まるでそんなことないよと言わんばかりに着飾ったりしている。所詮生き物なのに、なんだか傲慢だね。

 

みんな生に意味を付けようと頑張っている。たとえば性とかに。私いまうまいこと言ったかな?そんなことないかな。私もこの文章に何か意味を付けようとしている。けどそれは無駄。みんなかわいそう。私もかわいそう。なにしてるんだろ。いつ死ぬんだろ。

 

自殺すらも人生に意味を求める行為な気がしている。たとえば、未来の喪失とか。若い人間が自殺するのは、未来への絶望とか、なんかそんな感じのかっこいい意味を模索している感じがする。みんな何かになりたいんだ。それが生存するということなのかもしれない。

 

生存をやめたい。意味を探したくない。私はもうそんなものがないということに気付いてしまったから。何物にもなりたくない。無意味を許されたい。