自己愛の過剰摂取

メンヘラオタクが暇つぶしに何か書きます

人間関係は難しい

人間は社会の中で生きている。社会は人が人とかかるために作られたルールみたいなもので、ある程度決められた枠組みの中で皆生きている。

 

人は人と関わる。それは社会の形上仕方の無いことで、人は人と関わりあって生きている。

 

人には脳がある。いろんなことを考えられる脳が。人は日々いろんなことを考えながら生きていると思う。私もそれなりにいろんなことを考えながら生きている。

 

人の脳は複雑すぎるがゆえに関係を作ることに適して無いと思う。あれこれ考えてる人は面倒くさい。いろんなことを考えるには社会は複雑すぎると思う。

 

人は人と関わるために分かりやすくならなければならない。時にそれは個性と呼ばれたりキャラクターと呼ばれたり性格と呼ばれたりする。その人をその人にするための要素。人は人と関わりあって生きているため、分かりやすくなければならない。

 

自分は基本的にダメな感じのキャラクターを演じている。それが居心地がいいから。けどそれじゃいけないと思う自分もいる。本当は頑張りたいと思っている人もいる。けど社会の中で生きるには分かりやすくなければならず、他者の意思よりも自分の意思が強いわけでは無いので、ダメな人間であることに落ち着いた。

 

これは時に自分が良くない方向に導かれることがある。人生は自分のものだが、自己は自分のものではない。ダメな人間を演じるがゆえにどんどん何もできなくなっていく。それで良いのかもしれないけど、良くない気もする。

 

なんとなく自分の中で矛盾ができたりしてもやもやするので、人と関わるのは少し苦手だ。ダメな人間を演じて可愛がられるのは好きだが、そうならないときの方が多い。

 

自己に納得できるようになりたい。

 

話は少し変わるが、私には恋人がいる。本当はこのことについて話したかったんだけど、色々考えてると余計なことが増える。

 

恋人と知り合ったのはTwitterです。いわゆるツイ恋愛というもの。これについて難を示す人間もいるが、私は今の恋人と知り合えてよかったと思う。

 

まずTwitterでは基本的に自分の振る舞いたいように振る舞っている。社会というには無秩序で、関係も細いため基本的に自由に思えることができる。インターネットは昔から好き。社会よりも居心地の良い自己が作れるからだ。

 

今の恋人とインターネットで出会えたというのは大きいと思う。社会の中の私はどうしようもないから。まぁインターネットでもどうしようもなかったけど、矛盾してない分いいと思う。

 

恋人の本当に良いところは頑張ったら褒めてくれてダメだったら慰めてくれるところ。社会の中の私は本当にどうしようもなくて、それを好きにやっているようなキャラクターだから、頑張ろうと思っても「今回はやる気あるの?w」みたいな言い方をされる。これは私の演じ方が悪いんだけど、そうじゃないなと思うこともある。けど恋人は社会とは別のところで知り合えたから、そういう関係がなくて平等な感じがする。頑張ろうかなと思えたときに応援してくれたりいいと言ってくれたりする。これは私の中では相当な衝撃で、初めて他者と平等な関係になれた気がした。恋人と一緒にいるときが一番楽で、そして楽しいと思う。

 

人と関係するのに平等って結構大切なんだって初めて知った。平等になれるってこんなに安心できるんだなって初めて知った。それを教えてくれた恋人は本当にすごいしありがたいと思う。こんな私にそんな関係を築いてくれた人、他にいなかったから。本当にすごい。

 

こんなこと言ってるけど恋人にダメなところいっぱい見せてしまっている。どうしてもクセが抜けない。あと長年頑張らなかったツケで、頑張ろうと思っても上手くできない。やり方を忘れてしまった。本当にごめんなさい。

 

思ったこと書いたら少しすっきりした。言葉にしたことはなかったけど、私は本当に恋人のこと好きなんだなって改めて感じれた。本当に好きだし一生一緒にいたい。それか殺してほしい。好きな人に殺されるのってなんだかロマンチックじゃありません?私だけかな笑