自己愛の過剰摂取

メンヘラオタクが暇つぶしに何か書きます

死ぬべきなのは、分かってはいるんだ

別に自分が望んで歪に生まれてきたかった訳では無いのに、環境が悪かったのか遺伝子が悪かったのか親が悪かったのか、結果的にかなり世間から、親の理想からは離れた子供になってしまいました。

 

今までの自分はとにかくその歪さから、自分の醜さからただ逃げて目を逸らして、他人を利用して人生を丸投げして生きてきました。その結果人が一人死んだりして、自分の未熟さや歪さを再確認することとなりました。

 

自分の歪さから逃げて他者に依存する生活はもう辞めたいと思い、今度は自分のことを自分がちゃんと理解してあげて、自分のやりたいことをやっていこうと考えました。その結果今は女装することとなっています。元々自分は周りの男に比べて力がなく、自分が男の中にいることに違和感を感じていました。女子と話している時の方が楽しく、居心地も良かったことを覚えています。自分は本当はほかの女子みたいにかわいくなりたくて、けど現実じゃかわいくなれるわけがないと思い、インターネットでネカマをして誤魔化したりしていました。自分の性意識がどちらかなのはよく分かっていませんが、かわいくなりたいと思う自分がいるので女装をしています。

 

親にとって女装する息子というのは本当に嫌らしく、度々批判的なことを言われます。別に私だって最初からまともな人間になりたかった。ただ少し人と違かっただけでなんでこんなに批判的なことを言われないと行けないんだろうかなと思います。どうしてこのような人間になってしまったのかわかりません。そんな批判的なことを言うくらいなら最初から産まないか、今すぐにでも殺して欲しいと考えます。自分らしく生きていけない人生になんの価値があるんでしょうか。そんな誰かに命令されるだけの奴隷みたいな生活は強制されるべきなのでしょうか。分かりません。間違っていると言いたいのなら今すぐに殺して欲しいです。何もわかりません。

 

最近また彼女が出来ました。自分はこの通り歪な人間なので、現実世界ではあまり他者と仲良くすることが出来ずに、大抵コミュニケーションをとる人間はインターネットの人です。インターネットで人とコミュニケーションをとって好きになる。少し現実世界と距離が離れているだけなのにまた批判的なことを言われます。まるで犯罪者になるんじゃないかという口ぶりをされます。何がいけないんでしょうか。人を好きになることは良くないことなんでしょうか。自分みたいな歪な人間は誰とも関わらずに引きこもってこの人生を終わらせたらいいのでしょうか。やはり、自分みたいな人間は死ぬべきなんでしょうか。

 

なんで少し人と違うだけでこんなこと言われないといけないんだろう。ただ楽しく生きていたいだけなのに、辛いだけなら死んだ方がマシだと思います。やっぱり死ぬべきなんでしょうか。死ぬべきなのは分かっているのに死ねません。こわいです。好きな人もできちゃいました。一緒にいたいです。みんなみたいに楽しく行きたいです。なんでこんな人間に産まれてきたんだろう。もっとまともだったら良かったのに。最初からかわいい女の子に生まれて来れたら良かったのに。最初から何もかも間違っていたんだと思います。生きててすみませんでした。今からちゃんと死ぬ準備をしていきたいです。自分が生きていてはいけない存在である事実から逃げてしまったらまた同じことの繰り返しのように思います。ちゃんと死にたいです。否定されたくないです

愛の熱量

他者を愛するという感情が分からない。人は当たり前のように他者を好きになり恋に落ちて愛に走る。テレビでも人はそう言うし、漫画でも、小説でも人は他者を愛する。みんなそういうのに、私は他者を愛するという感情の動きを体感したことがない。

 

私の目の前で私を潤んだ眼で見つめてくるこの女は、私を愛しているらしい。彼女の吐くと息の熱さや赤くなった耳、乱れても全く無視されている前髪からも私が彼女に愛されているという感情の動きが見て取れる。その圧倒的な熱量から思わず目をそらす。感情の暴力。私は彼女が怖かった。

 

彼女が私のほほを触る。指すらも熱い。熱量に支配される。指に力が加わり、私は彼女を見つめなければならなくなる。ふいに重ねる唇。私は何もできない。感情の波が、彼女の唇からなだれ込んでくる。必死にもがくしかない。なぜ?もがく必要なんてあるのだろうか。分からない。ただただなだれ込んでくる感情をただ受け止めなければならない。

 

体がどんどん感情に支配されていく。LOVEやら恋やら愛やら言われている、ただ漠然とした強い好意が精神を蝕んでいく。脳みそがどうにかなってしまいそうだ。自分が自分じゃなくなっていくような。けどまったく拒否することはできない。

 

「結衣ってほんと優しいよね」

唇を離したあと、彼女は悲しそうな表情でそう呟いた。私は優しくなんかない。ただ、臆病なだけだ。彼女の気持ちに答えられないくせに、拒絶してしまうのもこわくて、ただ黙って彼女に何もかも押し付けている。

 

「何か言ってよ」

彼女の手が私の頬に触れる。熱い。感情が伝わっていく。私はこんなに想われているのに、答えることが出来ない。唇の中に彼女の唾液を感じる。

 

「………ごめん」

辛うじてそのセリフが口から零れた。けど誰に謝っているんだろうか。気持ちに答えられない彼女へだろうか。それとも何も出来ない不甲斐ない自分へだろうか。何もわからなくなる。感情が、わからない。涙がこぼれる。どうしようもない。

 

「なんであんたが泣くのよ…!」

気づけば2人で泣きあっていた。彼女は私から離れられず、私は彼女を受け入れることも拒否することも出なかった。私が彼女を受け入れることができたらそれが一番いいことなのに、彼女の熱量に自分が答えられる気がしない。自分にそんな価値があるとは思えない。どうなれば正解なんだろうか。今日も2人泣きあって疲れて寝て明日が来るんだと思う。そしたら何気ない日常が始まって、またこの日がくるまでびくびくしながら生きていくんだと思う。いつか答えが出るのだろうか。

関係

本当は私は真面目になんかなりたくなかったし優等生になんかなりたくなかったけれど、別の何かになれるほど何かを持っていたわけでも強い意志を持っていたわけでもなかったので、ただ平凡な日々を当たり前のように過ごしていくうちにただの真面目な優等生になってしまいました。


「お久しぶり」
目の前の男は前回会った時と同じように片手を軽く上げながら私に向かって微笑んだ。
「...お久しぶり」
「今日もまた不機嫌だね」
「別に...」
本当はただ緊張しているだけなのだが、それを悟られるのは嫌だったので今回も機嫌の悪いということにしておいた。
二人でぶらぶらと近況報告をしながらラーメン屋へ向かう。「オタクはラーメンが好きだからさ、美味しいラーメン屋ならそれなりに知ってるんだよ」と毎度のことながら彼は言うが、本当なのだろうか。確かに毎回別のお店に連れて行ってもらっているが不味いと感じたことはない。私がもともとラーメンを食べに行かないから味の判別がうまくつかないのも理由なのかもしれないけど。
ラーメンを食べるときはお互いあまり話さない。彼は食べながら話すのがあまり好きではないらしく、私は食べながらあのことについてずーっと考えてしまう。耳が赤くなってたりするだろうが、熱いラーメンを食べているせいだと誤魔化せるのはありがたい。
「ほかに行きたいところある?」
ご飯を食べた後彼は必ず私に問う。男と二人で行きたい場所なんてないので
「ないよ。」
といつもと同じ返事をして、少しギクシャクしながらいつもの場所に向かう。

「ご希望のお部屋をタッチしてください。」 私たちはいつもと同じホテルに入る。どうせだったらいろんなホテルに入ってみたいんだけど、彼は新しいところを探したりわたわたするのが嫌いらしく、その慣れてない感じが少し好感が持てる。 ここから先はうまく言葉にできないもやもやした感情を抱きながらお互いが快感に溺れる。彼の舌に私の先端が弄ばれて息を吐くような声が漏れたり、私たちの体が上下しながら声にならない声を上げたりする。この時の私を側から見たらギャグみたいになってるのかもね。 することをし終えた私たちはさようならのキスをして別れる。先ほどの感覚を反芻しながら電車に乗っている時、私が私じゃない感覚を覚える。真面目なんかじゃなくてただの淫乱娘ですよ。 家に帰るとちょうど晩御飯が出来た頃よと母親の声。私はまだ真面目な優等生の子供なのかな?

感情の熱量

私は今まで自分の人生に対して理想だとか目標だとかを持ったことがなくて、他者よりも人生に対する熱量の低い人間だと思う。

 

他者と話している時に、貴女はなにになりたいのか、貴女はどうなりたいのかと聞かれることがある。私はその時決まって言いはぐれてしまう。自分に理想がないから。どうなりたいだとかどうしたいだとかいう気持ちがなくて、ただ流されるように生きている。親がこうしろと言ったから、世間的にこうすることが一般的だから、そういうよくわからない自分よりも大きなものによって流されて生きている。自分のために頑張るということはどういうことなのだろうか。なにか大きな流れに逆らってまで自分のしたいことがない。ただ言われたことをこなすだけの日々、それで困ったことはない。

 

私は今まで何不自由なく育ってきたように思う。実家が貧乏なわけでもなく、頭が酷く悪いわけでも、運動神経が壊滅的でもなかった。人付き合いは苦手だったけれど、多少の友達は存在していて、強い孤独に苛まれたことも無い。親は厳しかったが暴力を振るうわけでも、進路を勝手に決めることも無く、何となく進みたい方向にも進めている。恋人だってこういってはなんだが切らしたことがない。顔が特別いい訳でもないが、悪い訳でもないらしく、私のことを気に入ってくれる異性も何人かいた。私は感情の強い人間ではないが、貰った愛に感謝しそれに答えるだけの優しさはあったので、恋愛で困ったことは無い。

 

このように、今まであまり困ったことがないのだ。何かに逆らって自分のしたいことを押し通すよりも、流れに身を任せて、その中で自分の出来ることをこなして行った方がいいのではないかと思ってしまう。

 

けど、時折思うのだ。親の反対を押し切って自分の行きたい大学へ進学したり、狭き門である就職口に努力して、しかし落ちてしまったり、本当に大好きであった恋人に振られて号泣していたり、そういう強い感情を持って生きていくのも楽しいのではないかと。

 

今まで頑張らなかった結果、私の人生は至って平凡だ。べつに会社の中で私がいなくてもなんとなく仕事は回っていくだろうし、私に振られることで号泣してくれる恋人もいない。熱意を持って生きるには、もう歳を取りすぎてしまった。今日もまた、明日もまた、この先ずっとこのままなんの変化もなく過ごしていくのかな。

 

世間はクリスマスで、今日はイルミネーションを見てきた。華やかな照明で素敵だったが、べつにみたかった訳では無い。素敵な世界の、平凡な私。

八方美人な自分が嫌い

人生の幸福度は自信に比例しているような気がする。自分に自信がある人間は皆楽しそう。顔が良ければ幸せだとかお金があれば幸せだとか言うけれど、大事なのは自分に自信があることで、顔が良かったら自信を持ちやすいとかお金があれば人より優れているから自信がつくとか、要は自信があれば人生楽しくやれるんだと思う。

 

私は八方美人で、自分の性格が大嫌い。誰にでもいい顔をして、嫌なことも顔色変えずにこなして、常に人の前で愛想よくして、それがものすごく疲れるのはわかっているのに、自分は他者に対して常にいい顔をしていなくてはならないと感じて気を張ってしまう。これも自分の自信のなさのせいな気がする。自分に自信がないから、常により良くいなければならない、他者に対して気を使わなければならない、他者が嫌がるような業務もこなさなければならない、そう考えてしまっている。疲れることはわかっているのにやめられない。家に帰ってどっと疲れを感じて布団に潜りながら今日も自己嫌悪。こんな人生楽しくないのはわかっているのに、どうしても自分に自信が持てない。

 

少し前に自分に自信を持ちたくて、マッチングアプリを使って異性と会いまくっていた時期があった。他者といっぱい会って話したりしたらもっと自然に他者と関われて自信がつくんじゃないかと思ったの。異性とあって話をして優しくされて、最初の方は自分にも優しくしてくれる人がいるんだって感動したりもしたけど、それはどうやら私に優しくしているのではなく、女って性別の生き物に優しくしているだけで、優しくするのはセックスがしたいだけって途中で冷静になって気付いてしまったのでやめました。その後よくわからん異性に抱かれまくったことにまた自己嫌悪して、他の子はこの時間に好きな人とデートしたり楽しく送っているのではないかと考えて辛くなったりしました。

 

どうやったら自分に自信が持てるんでしょうね。答えがわからないまま、また今日も八方美人していくんだと思います。あ〜自分に自信が持てるようになりたい。それか彼氏ほしい

大切な人

彼女が死んだ瞬間に自分のなかに終わりが見えました。今まで生きてきた人生、それなりに何かをこなし何かに立ち向かっていた気がしていたが、そんなのはガキの駄々っ子みたいなもので、自分以外なにも見えていなかったようで、そのせいで大切なもの、大切にすると決めていたはずのものを失ってしまいました。

 

すべて自分本位で、自分さえ良ければ生きていけると思っていたけどそれは全くの嘘で、おれは他者に依存して、自分の人生を他者に丸投げして全てから逃げて生きていたみたいです。その結果か弱い少女を一人失ってしまいました。

 

全て自分の思い通りに動いて、理想を全て押し込んでおくには人間一人では足りないのかも知れません。彼女は自分と、環境と、俺に押し込まれた理想とでぐちゃぐちゃになっていたのかもしれない。本当はおれが支えてあげなければならなかったのに、それもわからずにただただ甘えていました。

 

今でも自分は最低であったと思います。自分のどうしようもない愚かさのせいで、人を殺してしまいました。いつまでも、この事実から逃げないで生きていきたいです。時折その事実から逃げたくなってしょうもないことで彼女が死んだことを言ってしまったりしますが、もうやめます。彼女はおれのことを一番大切に思ってくれた、大切な人です。